昭和四十六年十一月八日 朝の御理解
御理解第十三節 「神は向こう倍力の徳を授ける」
信心すれば、神に向こうて来る。一歩でも無駄にはさせんと仰る。心を神様に向けて、一歩足を神様の方に向けても、無駄にはさせんと。これはどういうことかというと、「神は向こう倍力の徳を授ける」と仰っておられる。向こう倍力の徳を授けると。だから神様に向こうて徳を受けられるという信心は、どの様な信心かと言うと、成程おかげの方なら、神様に向こうて、向こうて来れば一歩でも無駄おろそかにはならない。
何年と言うて信心を頂いとっても、思い出したように参って来たり、拝んだり、そういうそれじゃないですね。「倍力の徳を授ける」と仰る。そりゃ何十年信心しよったっちゃ、どこに徳を受けてござるじゃろうかというような人がありましょうが。神に向かう心が倍力の徳になって返って来る程しの信心とはどういう信心かと私は思うのですが。
神様に一生懸命の思いを捧げるというか、御用に打ち込むと言うか、確かに置いたものを受け取るようなおかげを受けた時代があったですね。もう本当に置いたものを取るようなおかげです。いわゆる、願えば願いの通り、だからその時分の私の信心というたら、やっぱりもう、「一にも神様、二にも神様」といったような迫力を持っていましたし、同じ御用でも、お参りでも、それは一途のお参り、お参り一途の打ち向け方でありました。確かにそうでありました。
資本もないのに、御商売をさせてもろうて、それが大繁盛というのじゃないです。本当に間違いのない、神様の一分一厘間違いのないおかげを受けた、ね、お願いをして。ところが、御商売が、今度は反対に、右と願えば左、左と願えば右、難しい問題はみんな私の上にだけ起きてくるといったような時代があった。
その時、初めて気付かせて頂いたのが、あのおかげを受けたという事実から、神様の働きとか、神様の実在等というのは毛頭疑う余地はなかった。けど、その神様が私共に何を願っておられるかということなんです。私の店があのように順調に行っておったのが、反対の方になって行くもんですからね。その都度、神様にお届けして下さり、神様にお願いして下さったけれども、反対のことばっかりになって。
そこで私が気付かせて頂いたのは、これは私のような者にでも、やはり神様の願いがあったということ。いやあるということ。「どうぞ、私におかげを頂かして下さい。どうぞ、福岡で立派なお商人にお取り立て下さい。どうぞ、そして大きな御用に使うて下さい」これが願いでした。だからこの調子で行くなら、これは大商人にもなれんことはないぞというような兆しが見えた。おかげを頂く。ところが、それが長くは続かなかったということ。それとはむしろ反対のことが起きて来たということ。難儀な問題が私の上にばかり起きて来た。
そこでです、私が気付かせて頂いたのは、これは私大坪総一郎のために、願いが成就することのために、御用もさせてもらった。一生懸命お参りもさせてもらった。これが真であり、真心のことであろうという限りを尽くさせて頂いた。それはそれなりに、それでおかげ頂いた。ところがそういう信心させて頂きながらも、反対のことが起きて来出してから、気付かせて頂いたのは、天地の親神様のかけて下さる私に対するものがある。それなら、その願いを成就することの方が先だと私は思うた。ということを親先生にお取次願いました。
「先生、これは商売のことをお願いばかりしてはいけんと思わしてもらいました。どうぞ、私の様な者にでも神様の願いがあるとするなら、その願いが成就することのための修行ならば、どんな修行でもいといませんから、そのようにお取次下さい」というような。親先生、腹かかれてから、「私どんはこげんあんたのことをお願いしよるとに」という意味のことを仰いました。それはそうでしょう。
けども、私のことについてのお願いはもうして下さいますなというわけです。そして、私にかけられます神様の願いが成就しますようにと言うて、願いをさせて頂くようにならして頂いたら、もういよいよ、もう目も当てられんような状態が続いた。それこそ信心したらどうしてあげん貧乏せんならんだろうかといった時代が続いたわけです。
けれども、その時のもう受け方の姿勢が違うとる。このようにして神の願いが成就しておるのだなあということである。その時は段々、神様のお知らせを頂くようになっとりましたが、例えばこの、「簀を奉る」ということですね。「このお道を汚す信心を正す簀を奉れ」と仰った。例えば簾を編み上げて行くことのためには、シッロコというのがあります。編み上げて行くもの、右左になって行くのです。もう一つも一緒になって行かない。右と願えば左、左と願えば右ということになった。けれどもこのようにして、簀が編み上げられて行っておるのぞと頂いた。
例えて言うならば、洋服なら洋服を一着縫い上げると致しましょうか。その洋服がいよいよ手を抜けれるようにさせて頂くまでがおかげであるとするならば、縫い上げて行くまでは何が何やらわからん。まだ手も抜かれんでしょう。ミシンを一生懸命かけておると、その前にある糸だけはどんどん減って行きよる。これはもう糸がどんどん減って行きよる。
例えば神様の願いが、私にかけられておる神様の願いが成就するということの願いに立たせて頂いたらです、言うならば、ありもしません財産でしたけれども、益々なくなった。例えば妹達が、妹の財産は勿論ございますけれども。財産というほどの財産はありませんでしたけれども、けど里の方に山がありましたからね。その山も売ってくれましたし、もう主人の形見のものまで売ってくれました。これだけはと言っておったものまで、もう本当に売ってくれては御本部参拝の費用にしてくれたり、私が神様事に使う金を作ってくれた。だから妹達は、私は合楽の恩人だと申します。「そげん打ち込まんでんよかじゃないの」とは言わなかったです。
ですから、そこのところを見ると、洋服縫いよるとの糸はどんどん減りよる。信心するとにどうしてそげん減るじゃょろうか。けれども、洋服の方はどんどん、どんどん出来上がっとったということです。いわゆる簀を奉らせて頂くお知らせが、椛目でちょうど人が助かるようになって半年目くらいだったでしょうかね。今椛目にかかっている簀のお供えがあったのは。その頃には借金払いが全部出来ておった。いわゆる簀を奉ったのである。
信心しよって借金して利子も払わっしゃれんといったような風に言われておった時代なのです。それが利だけではない、元利だけどころではない。もうその頃はお賽銭箱ひっくり返して借金を取りに来なさると渡しよりましたから、もう利子だけのことではないです。困っとられると言えば上げました。というようにして簀を奉った。大坪さんが気違いのごとなって信心しござったが、やっぱりというようなことになって来たわけです。
そこで私は思うのですけどね、「倍力の徳を授ける」と仰るのはね、私共の願いが成就するといったようなですね、信心からは成程倍力のおかげは下さるにしても、倍力の徳ではないということ。只、私にああして下さい、こうして下さいという願いの間は、それは徳にはならないということ。只、今申しますような神様の願いが私共の上に成就する。
今日、私は十三節を頂いて直感したのは十三日会です。ここの十三日会というのは、私共の願いがどうぞどうぞと願ってる日々ですけれども、この十三日会という日だけは、お互いがですね、朝からそれこそ一生懸命御広前の御用をさしてもらう。庭の掃除をする。内外の掃除をする。午後からは、皆が一生懸命信心の共励をする。信者さんの素晴らしい共励が出来るのは十三日会ですね。それはどういうことかというと、私共の願いが成就しますようにというのでなくて、せめて十三日一日ぐらいは神様の願いが成就することのためにお互いが奉仕をするわけである。
だから、本当を言うて、段々わかって来たら、十三日だけのことではない。例えば一月が三十日であるならば、三十日間がです、神様へ奉仕の日ということになって来たら、いよいよ素晴らしいことになる。神様の願いが成就する日として、神様の願いが成就することのために信心をさして貰おうというのである。そういう行き方の上に、倍力の徳があると言うのはそういうことだと思う。
「倍力のおかげを授ける」とは仰ってない、「倍力の徳を授ける」と仰っておる。そこでです、私共信心させて頂いておって、一途の信心をさしてもらって行く内にです、自分の気付く気付かんは別として、神様の願いが成就しておったんだなあと、わかるような信心をしている方達があるわけです。
昨日は、石井さんの告別式で、私が光橋先生を連れて参りました。本当に有難い告別式でした。あちこちからたくさん参列され、久留米支部からも皆、参列頂いて、生花の、いわゆる献花のお供えがあっとりましたが。後は、信者さん方が次々と弔辞を読まれましたが、本当にあの弔辞に読まれている通りのことをなさったお方であります。
喜代司さんが、前日の遷霊式の、私を迎えの車の行き戻りに言うたことは、それこそ母を讃えることばかり、「もう先生、私は本当に有難かったです」とこう言う。お母さんが亡くなった、あの前後に起きてくるその一分一厘の間違いないこと。
例えて言うならば、医者は、「この病気はとても苦しむ」と言っておったのが、苦しむどころか、最後には皆にお礼を言うて行けれる程しのおかげを頂いておったというようなことやら。まあそれだけのことじゃありませんが、まあ一分一厘間違いのない働きの中に母のお国替えがあったということを、それは先生、本当に大変なことでありました。
父が早く亡くなりましたから、私達兄弟が、何人おりましたかね、五人ですか。主人が亡くなる、お父さんが亡くなられてから女手一つでこれだけに、それも共々に最高の学問を身に付けさせて。そしてそれぞれに嫁ぐとこにはやらせる。貰うところは貰う。させて頂いて、現在の喜代司さんの事業があのように。誠之助さんの場合でも同じことですけども、このまま行けば繁昌するばかりだろうという基礎を造ってから亡くなられた。何にも思い残すことはない、只、言いたいことはお礼だけだと言うような状態である。
「それが家の母の場合は、どんな場合でも、金光様一心で、一点張りでしたというのである。信心しよってからどうしてこんなことがおこるだろうかと、大水で流れてしまったこともあった。戦災で全部焼かれてしまった。茶碗一つから買わなければならなかったというような目にも遭った。その時分には、皆もう神も仏もあるもんかといったような時代でも、私共の母の信心は、益々神様に向かうばかりでした。その一途の信心は、本当にまあ素晴らしかった」と言うて母を讃えるわけですね。
初めに風呂敷のおかげ頂いてから、いろいろお知らせ頂いた事業を、初めに、とうきびのあの赤がしらのところが真っ黒うなっているところを頂いた。あれが真っ黒うなると実が入ると言われております。けれども、真っ黒うなっても実の入っとらんもありますね。だから、あれは最後の黒、最後の苦労と言いますね。上が真っ黒うなってしまう。いわゆる私共が死ぬるということ。ひときばりあの世に行く時の苦労であろうと思いますね、その苦労が。
ところが、覗いて見たら、中にはびっちり実が入っていた。人間がこの世に生を受けて、そしていろんな成功者は沢山あります。若い時から苦労して、財産も出来た。子供さん達も最高の教育を身につけさせた。そして亡くなって行く人はありますけれども、その亡くなって行く人はありますけれども、それだけじゃないですね、信心の場合は。それこそ今日の御理解じゃないけれども、そういうことによって、倍力の徳を受けておるというのでなければ、それが子にも孫にも伝わって行かない。ただ子供のために一生懸命働いて、ただ子供のために一生を犠牲にしたというだけではいけん。それがどこまでも神様に向いておらなければ徳にはならん。
成程、石井さんの周辺を眺めて見る時に、成程これはお母さんが残した信心の賜物、お母さんの信心の徳に違いないと思われるような状態。子供達にそれぞれ信心が伝わって、だから息子達で言うならば、誠之助さんと嘉代司さんが今後の信心を続けて行く限りです、いよいよ「日章ゴム」といいますかね、「日章ゴム」の大繁昌は間違いない。子供の代より孫の代に伝わって行くだろうと思いますわけですね。
そういう向い方、だから自分ではこれは徳を受ける信心とは思っていなかった。けれども、人間は何か挫折しなければならないような、難儀な、それこそ信心とは火にも焼けない、水にも流されないようなです、言わば貫いたということなのです。それがね、私は徳になったと思う。
例えば、大水に出会うたことも、または戦災ですね、焼けてしまったことも、やはりこれは石井の上に神様の願いが成就しておったわけです。自分は気が付く付かんは別として、言うなら御取次を頂いておる。しかも、それが貫き通されたというところに、私は石井さんの信心の値打ちがあったとこう思うです。
次にはね、琴の親糸の調子を合わせてから、それに糸の調子を合わせて行くところを頂いた。お互いの信心生活というものがね、成程人間ですから、悩みを持っておりますから、腹の立つこともあれば、いらいらすることもあります。おろよいことを考えることもあります。けども、どういう腹の立つようなことがあっても、ひとたび神様に向わせて頂いたらです、これは腹立てることじゃなかった。ただ「反対にお礼を申し上げんならんことじゃったたい。日頃の御教えはどこさえやったじゃろうかと」日頃信心の教え頂いておると、そのようにして自分の調子を合わせて行かにゃいかん、教えに基づいて。
これが信心がなかったり、信心が弱かったりしたらどうでしょう。腹が立ったら、腹が立ったなり。いらいらしたなら、いらいらしたなり。いつの間にかそれは消えておるだろうけれども、それはもう乱調子のまま。調子が乱れたまま過ごしておるということになりましょうね。信心させて頂く者はそうでなからねば。「何事も信心になれよ」と仰るから、例えば、腹の立つような問題であっても、反対に御礼を申し上げたり、お詫びをするところまで持って行けれることが調子合わせること。ただ、拝んだだけじゃいかん。
そんなら、合楽にお参りさせて頂いて、御理解でも頂きよると、ああそうじゃったと心が平常に戻るでしょうが。これが調子合わせて行く生活なのです。それはプリプリ腹かいてもよい、おろよいことを考えてもよいけれども、例えば一日を締めくくらせて頂く時にです、今日の、本当にあげな時に腹立てんでよかったのに、いらいらせんでもよかったのに、ああいうことは言わんでよかったのにということを心の中に思わせて頂いたら、お詫びになり、御礼にならせて頂くという心の状態が、毎日親糸に心の状態を合わせて行くという生活。
私はもう、それを頂いてね、信心させて頂く者の幸せはそこにあると思うですね。それはどげん腹の立ったっちゃ、二日目になり、三日目になりますと、もう、どうか私は腹の立ったら三日ぐらい主人ともの言わんと。そればってん、四日目ぐらいから、段々それは薄らいでくる。五日目くらいになると、また仲良うなる。けど、それではいけんでしょうが。自然と時間が経つに従って薄らいだだけですから、乱調子のままです。けれども、御礼が言えれるとか、お詫びが言えれるということが調子が直ったんです。それの繰り返しなんです。
それを石井さんの場合、何十年繰り返しておられるということ。貫いておられるということ。成程打ち向かう倍力の徳というものを、授けられた徳の姿が、言わば「日章ゴム」の現在の繁昌のもとを頂いておるおかげであろう。どの子もこの子も一人前のおかげを頂いて、いわゆる七十四歳で一番最後、自分のお国替えの時は、あれも成就、これも成就の兆しが見えておる。もう後に心配はないというところまで、おかげを受けておられたということ。
それがただ、おかげおかげという信心ではなくて、自分が気付く気付かないは別として、例えば、もうこれで信心も止めらっしゃるのではなかろうかというような大変なことに出会っても、信心だけはいよいよ強うなって行かれたというところが、石井さんの信心の素晴らしいところ。全面的に素晴らしかったとは言えん。言わば、腹も立てられ、いらいらもしござった。不平不足も言いござった。けれども、それを締めくくって行くところには、お詫びになっておったり、御礼になっておったり、いわゆる教えを行じて行く生活であったということ。
ですから、それが例えば、合楽で言う「成り行きを大切にさせて頂く」という行き方を、本当に身につけたら、言うならば、もう調子が乱れるということがないでしょう。いつもよい調子が合うている楽器を奏でるように、日々が有難い勿体ないで行けれるということは、いわゆる調子の合うた楽器を弾き続けるような素晴らしい、聞き惚れるような楽の音。神様の働きの一分一厘間違いのないことを言うたり思うたり出来るようなおかげが頂ける。これが貫かれたならば御徳にならんはずはない。
そういう状態で、神様に打ち向うところから、倍力の徳を神様は授けて下さるということである。ことになる。神様へ、ただ向うてさえ来れば、お徳が受けられることではないということです。但し「神様へ向うて来れば、一歩だって無駄にはさせん」と仰るから、それはおかげになる。「生神金光大神は打ち向う倍力の徳を授ける」と仰っておられる。打ち向う倍力の徳を授ける。
それなら、金光様の信心をさして頂いておる、何十年も信心しておる人が御徳を受けておるということはないでしょうが。それはただ、おかげを頂いただけだからである。日々の心の調子というものを合わせて行かんなりに、何十年の信心が続いたんであれば、または、「信心しよってどうしてこげなことが起こったじゃろうかい、神様も仏様もない」と言うて、信心を止めたり、弱くするようなことではおかげは受けられん。徳になりかかっておるものが徳にならない。
簀が編み上げられようとする時に、止めたら何にもなりませんでしょう。洋服が、まあ一日縫えば仕舞えるという時に、袖だけは付いとらなければ着られませんでしょうが、ね。それは成程苦労の糸が段々減って行きよる。そこだけを見ると、信心しよってどうしてかと思うごとあるけれども、それは洋服が出来上がって行きよるとわからせて頂かにゃならん。
今こそ簀が、右に願っても左、左に願っても右といったことは今こそ簀を奉らせて頂けれる、簀が出来上がってる時だとわからせて頂く時に、そのことに御礼が言えれるような信心が、しかも貫かれて初めて、向う倍力の徳が受けられるということになるのです。
どうぞ。